人類の歴史の中でどこが一番重要だろう、と考えると、いろいろ候補は出てくる。 言葉や都市が生まれたウルク期とか、倫理の原型ができた出エジプトとか。どれも今の自分たちの土台になっているのは間違いない。
特に、出エジプトで確立された「唯一神」という概念は決定的だった。それ以前にも宗教や信仰はあったけれど、絶対的な一柱の神と、それに基づく普遍的な「法」や「倫理」という形を民衆が共有したことで、人類の精神構造は一つ上のステージに上がった。
でも、根本的に「人間という種のルール」がひっくり返るレベルの転換点は、この「今」から数十年にある。
1.「出アフリカ」の先にあるもの
数万年前の「出アフリカ」は、サピエンスが地球全体に広がるための移動だった。あの時、先祖たちは石器と想像力を武器に、物理的な生存圏を広げた。
対して今は、その移動の先が「宇宙」や「仮想空間」にまで広がろうとしている。まだ少し先の話にはなるけれど、生命の設計図を自分たちで書き換えるような、そんな近未来が来てもおかしくない。これまでは環境に合わせて自分たちが変わるしかなかった。これからは自分たちのあり方そのものをデザインしていくステージに入っていく。
2.切り札としてのテクノロジー
ここにきて、AI、量子コンピューター、核融合というピースが見え始めているのは、単なる技術進歩以上の意味がある。
もちろん、量子コンピューターや核融合はまだ「あと一歩」というところで、実用化にはもう少し時間がかかる。ただ、これらが無限に近いエネルギーや圧倒的な計算力として形になり、今のAIと合体したとき、人類は「生物的な限界」という殻を完全に破ることになるかもしれない。
火星のような厳しい環境でも、AIが自分で資源を掘って、自分で自分を直して、エネルギーを確保し続ける。そんな「自律して増殖するシステム」を送り込める環境が整えば、それは新しい生命の形が宇宙に放たれたのと同じだ。
3.最後に残る「役割」
では、そんな大きな力を手に入れて、資源の奪い合いも、生きるための労働もなくなった後、僕ら人間は何をするのか。
たどり着く答えは、案外シンプルなのかもしれない。 それは、「他の生命を見守って、守ること」。
かつて神という存在を定義して自らの倫理を正した人類が、今度は自らが力を持ち、宇宙に対してその役割を果たす。これまでは生きるために奪うのが当たり前だった。資源を尽かさない手段を確立した先では、宇宙に存在する他の小さな生命や、まだ見ぬ芽をそっと見守るくらいの余裕と責任を持つ。それが人類の本当の「成人式」になるのだろうか。
長い旅のゴールは、どこか遠い星で「宇宙の庭師」として静かに佇むことなのかもしれない。